Blue hour

夜と朝の狭間

ユートピア

ー 私という人間にとっての読書について

 


隠れてこそこそゲームをしたり、お年玉の入った財布を持ち出してお菓子を買ったりすると怒られたものだった。

あれが欲しいのに、これをああしたいのに。


私は生来欲が強い方だった。

特に"自分の思い通りに事を進めたい欲"が。


それは私がまだ母の中にいたときからそうだったようで、生まれたあとは私よりも泣き声が酷い子に出会ったことはないと親戚一同声を揃えて言う。

幼少期はオズの魔法使いの本が買ってもらえないかもしれないと気づくと、意図せずコンクリートに投げ出されたミミズのように__

そのミミズの子にとってはデパートの床ではあったが、ビチビチと跳ね転がった。

未だに手入れの行き届いた白い天井と、酷く困惑し私を宥める母の妹の姿を微かに覚えている。

 

そしてその本が無事手に入れられると、今度は紙でてきた魔法の靴をどうしても手に入れたいと望んだ。その紙の靴どころかその物語、本自体が私のものであるにも関わらず。

 

私は靴をもぎ取った。

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片方とったのち、それでも満足できずイライラし、両方自分の手のひらにのせた。

そうするとその瞬間とても満足し「わぁ綺麗!きらきら!」と感嘆し幸福感に浸った後は呆気なくそれをポイっと失くしてしまうのだ。

ところが熱心に本を読む私を見て初対面の大人が言う。

「なんであんなに本を読むんだ?きっと頭の良い子なんだろうな。えらいぞ。」

 

 


私が本が好きなのは私ひとりでいられるからだ。

ゲームは親にねだらなくてはならないし、でもそのくせすぐに飽きて投げ出す。お菓子は喉をとおったら消える、そのくせ満腹感はくれない。

何度も何度も繰り返すのは本当に嫌いなんだ。

新しいものが次々欲しい。空に手を伸ばすように。


浮遊感が好きなんだ。

支えも足場もない感覚。一輪車に乗るのが得意なんだ。

メリーゴーランドのようなことは嫌い。

ジェットコースターが好きだ。

 

美しくて、刹那的で、無限なこと。

私が最高に、私であれること。

 

 

 

それは中学生の時最も色濃くでた。

成績は悪かった。提出物は全然出さず、中2のとき真っ黒のガラスを引っ掻き絵具をつけて絵を浮かび上がらせる授業があった。

美術は好きだったが持ち帰って何日も没頭して作って出す頃にはみんな廊下に飾り終わって展覧会をしていた。


精神科の帰りに車で父が言った。

「おまえの年は気持ち悪いものを作りたがる。俺もそうだった。でもそれは精神に良くないことなんだ。あまりそれをするな。」

 


違う、

これは好きな子が電車から海をみていたときの、私に見られているとも知らない、

曇天で水平線がなく、空と海がひとつになってる、

青くて灰色で黒い世界を見つめてる、瞳なんだ。


私たちの瞳の中には海があるんだ。

私はその子をみたとき自分の中の海が川となって頬に澪をつくったんだ。


教えてなんかやらないけど。

 

 


授業の時は国語の便覧をずっと端から端まで読み、興味がある本を図書館で読んだらチェックしていった。

自分の脳内世界に浸っていると家庭のごたごたを、周りが思春期に差し掛かり大人になる中自分ばかり子どもで未熟なのを、忘れられたし。その瞬間私は無限であれた。

嫌われ者のどうしようもない落ちこぼれでは無かったのだ。

生きているということを存分に噛みしめられた。

 

孤独の最高の味であった。

自分がただ自分で在れる。自分のペースで、自分の思う通りに、世界を築くことができる。

話し共にいてくれる誰かを欲することが全く無い世界。

孤独が美しく律せられた世界。

自分の輪郭が刺激され色帯び、ソーダのようにパチパチと光る世界。

ユートピアだった。


私は未だに本と映画と音楽に浸る以上に無限にユーフォリアへ飛び込める術を知らない。

それは切実に私という人間の生存策であった。


そして時が経ち髪を派手にし、メイクをバチバチにキメて、お気に入りの服に身を包み、静かな空間に自分が稼いだお金を払い、誰も話しかけてこない1人でありながら独りを感じさせないこの行為。

根本的に人と話すのが億劫ながら外の世界からの刺激がないと、自分の思考の波に溺れる私にとっては今もこれからも最も大切なことだ。

 

 

 


私が今も周りが大人の階段を登る中、子どもである


ー それがなんだ?知ったことか。

 

 

勤務先でやらかした。勉強ができない人間なのは構わないが仕事のできない人間にはなりたくないんだ。自分は何をやっても平均以下な気がする。なんでみんなの倍頑張らないと習慣さえ抜け落ちちゃうんだろう。


ー それがなんだ?知ったことか。

 

 

 

唐突に涙が出てくる。いつまでもこんなことをしていてはだめなんだ。でも自分は自分しかなれない。

堂々と、自信があって、落ち着いてる、おとなのふりしてる。

自信は虚栄による実績の先にあるものだろ?

でもだめなんだ、見透かされてるようなんだ。

みんなにバレちゃうんだ。

腐臭のように嗅ぎ分けられちゃう気がするんだ。

私だって孤独でいたいわけじゃない。

人一倍承認欲求もあるし、みんなと仲良くして上手くやりたいんだ、みんなよりもすごくなりたい。

優しくなりたいけど私の感性を打ち捨ててまで理想になりたくはない。

 


自分を殺したい。こんなの私じゃない。

私は私になるために生きてる。

私が私になれないのなら死んでしまいたい。

理想と現実と空想とどこにいけばいいのかわからない。板挟みだ。グチャグチャだ。

どうすればいい?どうすれば?

 

 

 

その時、そのユートピアは私の目から無音で開かれ、答えでない応えで心の殻を溶かす。

 

心なく打ち投げられた泥を流す。

どんな料理も敵わぬ満腹感を差し出す。


そしてひとりにする。

1人を、独りを、なくして。あの紙の靴を履かせる。

 

 

ー それがなんだ?知ったことか

どこへでも行けばいい

 

 

 

そうして私は生きていく。

私は"家"には戻らない。